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8月の最終日 / 2003-08-31 (Sun)

今日は8月の最終日。
だからといって特に何かあるわけではない。
でも区切りの時だと思うとちょっと気持ちがピンとする。

9月ってなんかちょっと中途半端。
夏服なのに秋。
夏の名残を思いっきり引きずっている季節。
でも、この期間を利用して夏の思い出を静かに昇華していく。

もうすぐまた一つ年をとる。
さて、何をしようか、何ができるか。
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火星が地球に大接近 / 2003-08-28 (Thu)

昨日の夜、火星が地球に大接近、ということで見に出かけた。
といっても家の近く。
でも、屋根が周りにないような
空が開けたところで街灯が明るすぎないところって結構ない。
住宅街なんだから当たり前か。

それでも所々に雲はあったけれど、オレンジ色の火星を発見。
それ以外の星は全く見えなくて、ただそれだけが見えた。
飛行機のライトかと最初は思ったけれど、ずっとその場所から動かなかったから
あれは火星、絶対火星。
視力の低い私でも肉眼で見ることができるくらいそれは輝いていた。

別に天体マニアな訳じゃない。
でも、こんな何万年に一回しかないチャンス、逃してしまうのは惜しい。

見えた火星は小さかったけど、宇宙の中で今存在している私のほうがちっぽけだ。
そんな私が考えることなんて些細なことと思った。
宇宙の時間に比べたら、人間の持つ時間なんて本当に一瞬。
その一瞬、大切にしたい。
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絵を描く瞬間 / 2003-08-27 (Wed)

はじめて絵を描いたのは何歳だったんだろう?
クレヨン、クレパス他にも絵を描く道具はいろいろあるけれど
たくさんの色を前にするといつもなんだか嬉しくなる。
まだ幼稚園に通っていた時
両親とスーパーに行って私は24色の色鉛筆を買ってもらった。
色鉛筆といえば12色が一般的で、お絵かき教室に通っていたわけでもなかったけれど
その色の多さにひかれ、無理を言って買ってもらったのを覚えている。
いつもは見かけない珍しい色がたくさんあってとてもわくわくした。
「やまぶきいろ」とか「べにいろ」といった今まで聞いたことがない名前を見て
それがいったいどんなものなのか想像するのが楽しかった。
いつもとは違う色を手にとって、画用紙にその色をのせていると
なんだかちょっと大人になったような気がしてドキドキした。
その瞬間を覚えているから今もこの色鉛筆は持っている。
短くなったものもあるけれど、ちゃんと大事に持っている。

子供の頃から何でも買ってもらっていたわけではない。
どちらかといえばそういうところは厳しいというか
むしろ人より与えてもらったものは少なかった。
お小遣いも驚くほど少なかった。
そんな中で私はないならないなりに工夫をすることを覚えた。
自分でどうにかすることを身につけた。
もともと器用なほうなので作ることは苦にならなかった。
それなのに、子供に買い与えるには高価すぎるとも思える色鉛筆を
なぜ買ってもらえたのかはわからない。
でも、子供心にそれがわかっていたから今まで大切にしてきたような気がする。

絵を描くことは得意だったけれど、デッサンが嫌いで高校の芸術は書道を選択した。
それ以来もう何年も絵を描いていない。
けれど。画板に画用紙を挟んで絵の具セットを持って写生をする場所を探しに行く。
いい所が見つかったら真っ白の画用紙に向かう。
そして何も考えないでただ無心に鉛筆で下書きをする。
あの瞬間は悪くなかった。
あの緊張感は好きだった。
よしなしごと | コメント : 0 | トラックバック : 0

快適生活のススメ / 2003-08-26 (Tue)

 今日は友達と会うために大阪市内に出た。いつもそうなんだけど私たちが待ち合わせをする時は突然。彼女は当日の朝に電話してくることがよくある。特に用事があるわけでもないからたいていそれで会うことが決まる。今回は前日に電話があって、午前中に用事があるから、それが終わった後にということで話がまとまった。何時に終わるかは未定らしく、終わってから電話をもらうことに。普通こんな時は携帯を使うんだろうけれど、私たちは携帯を持っていない。いまどき結構珍しい二人。でも、この感覚が合うんだろうねきっと。

 そんなわけで、待ち合わせて食事に行った。「どこか行かない?」って言いながら、ほとんどお食事して町をブラブラしたりウインドウ・ショッピングをしてお茶して、時には夕食も食べて帰るっていうパターン。「たまにはどこか本当に行きたいよね」なんて言いながら毎回変わり映えしない。でも、こんなおしゃべりが楽しい。梅田には百貨店がいろいろあるし、その中の一つを選んで入っても上から下まで見ながら降りてくると結構時間も経つ。日用品や文房具、雑貨にアクセサリー、特に何かを買うわけでもなく、きれいにレイアウトされた商品の中を「これいいね」なんていいながら歩く。何気なく見てまわるだけだけど、そんな中にも目に留まるものはあって、ピンッとひらめく時は買うことにする。でも、どんなにそれ自体がよくても、家に持って帰るとなんとなくしっくりしないこともあるからそこは慎重に。でも、納得して買ったものは大切にするから物持ちはいい。何気ないものでもこだわっていたりする。思い入れがたっぷりあったりする。これっていいことではあるけれど、なかなか捨てられないっていう難点もある。

 最近「快適生活のススメ」をはじめた。毎日何気なく過ごしていると、本当に何もなく終わってしまうから、楽しかった、充実していた、何でもいいから「今日も一日いい日だったねって思えるような生活をしよう」っていうのが主旨。そんなことを今さらって言われるかもしれないけれど、質素倹約、贅沢は敵みたいな生活を続けていたから、ゆとりというものを楽しむライフスタイルには慣れていない。身の丈に合わないことをする気はないけれど、ちょっとしたことで潤いが得られるものだし、そういうものも多少は必要かと思うようになった。

 家に帰る途中、たまたま通ったお花屋さんの店頭にこけ玉がいくつもならんでいた。こけ玉に植わっているのは観葉植物。もともと観葉植物は好きで、今までもいくつか育てていたことがあるけれど、結局は枯らしてしまった。それで躊躇したけれど、店員さんによると、枯れる原因は根腐れか水分不足らしい。直射日光も特に必要なわけでもないらしく、さすがに土がかたくなったら植え替えの必要があるけれど、それ以外は取り立ててどうこう面倒なことがあるわけでもないらしい。ということで、試しにひとつ育ててみることにした。以前に買った植木鉢の上にのせて今はキッチンに置いている。やっぱり緑があるのっていいね。これもちょっと快適生活?
よしなしごと | コメント : 0 | トラックバック : 0

夏の終わりは・・・ / 2003-08-25 (Mon)

夏の終わりはどうしてこんなに寂しいんだろう。
日差しも空も雲の形も、風もセミや虫の声も
感じるもの全てが夏の終わりを告げているようでとっても寂しくなってくる。

そういえば、私は季節が変わるごとに寂しさを感じている気がする。
春は春で「あぁ、また新しい年度の始まりだ」って思い
夏の終わりは「夏が去っていく・・・」って思い
秋はもうすぐやってくる冬を思って寂しくなり
冬は「これが終わるとまた次の年になるんだ」って思って寂しくなる。
いったいいつだったら楽しく過ごせるんだろう?

きっと不完全燃焼なんだろうな。
だからなんか忘れ物をしたようで、まだ先に行っちゃいけない、そんな気になるんだろうな。

今を生きよ、精一杯生きよ。
今日という日はもう来ないからいつも納得できる自分であれ。
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人に何かをしてあげるよりも、人に何かをしてもらえる人に / 2003-08-24 (Sun)

「人に何かをしてあげるよりも、人に何かをしてもらえる人になりなさい」っていう言葉を何かで読んだ。
人に何かをするっていうのはその人がしようと思えばできることだけれど
してもらうっていうことは相手がしてあげようと思わないとしてもらえないから
そう思ってもらえるような人になりなさいってこと。
なるほどって思った。

学生時代、はじめて親元を離れて暮らした。
夏、冬、春の休みには生活費が出ないこともあって毎回親元に帰っていた。
駅から家までは交通の便が悪くて、うまくいけばわりと近くまでバスで帰ることができるけれど、
そんなのは一日に二本ぐらいしかないからめったに使えない。
そんなわけでほとんどの人は迎えに来てもらうなりタクシーを使う。
歩いたら40分ぐらいかかるけれど、途中までならバスが通っているからそれに乗れば少しは楽。
でもそのバスも一時間に一本あるかないか。
そんなところを私は毎回歩いて帰った。
それは父に迎えに来てもらうのがいやだったから。
何かしてもらうということがいやだったから。
何かしてもらうことで負い目を感じたくなかったというのが理由のような気がする。
毎回「電話すればいいのに」って言われながら一度もそれはしなかった。
今もなんだか人のお世話になることが極端に苦手。
みんな善意だっていうことはわかっているはずなのに
昔から何かしてもらうと
相手の期待にこたえるという形でお返しをしなければならないという
強迫観念のようなものを感じてしまって
それを背負い込みたくないと思ってしまう。
とっても心を許していれば別だけど、そうでない限りだいたいそう。
できるだけ自分で何とかしようとする。

人に何かをしてあげるのはその人のためじゃなくて自分のためだと思う。
自分がしてあげたいと思うその心を満足させるため。
でも心の底からこの人のためなら役にたちたいって思える人がいるのって幸せな気がする。
この人のためならって思ってもらえる人はとても素敵な人なんだろうと思う。
もっと素直になりたいな。
もっと自然になりたいな。
そしたら私もなれるんだろうか。
そんな人になれるんだろうか。
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高校野球 / 2003-08-23 (Sat)

 今日は高校野球の決勝戦。まだ田舎に住んでいた頃は同じ年のいとこの影響で結構よく見ていた。応援するのは天理か横浜商業(Y校)。その頃はよく出場していたから、毎回見ているうちに校歌も覚えてしまった。今でも出だしがわかれば歌えるかもしれない。

 プロ野球には興味がなくて、近所の男の子たちがいつもかぶっていた野球帽を見てチーム名を知ったぐらい。ただ、巨人は祖父が大ファンでお風呂にまでラジオを持っていって応援するぐらいだったから一応知っていたけれど。
 母方の祖母が神奈川に住んでいるので毎年夏には長期にわたって泊まりに行って、私はよくいとこと遊んだ。彼女はY校のファンで出場する時は毎回見ていた。一緒に見ているうちに選手に詳しくなって、いつしか私も応援するようになっていた。年齢的にも少ししか違わなくて感情移入しやすかったからかもしれない。
 プロ野球には今も興味がない。確かにプレーは上手だし、いい試合もあると思う。けれど、これに負けたら後がないというプレッシャーを背負いながら、一生懸命にプレーしている高校野球のほうが好き。プレーの質よりその姿に感動したい。一生懸命な人を見ると応援したくなる。それは自分が一生懸命じゃない負い目からなのかもしれないと、ふっと思うことがある。

 人は挫折をする時がある。自分の思うようになることなんて数少ない。だから私は「世の中はつらいことばかり」だとか「楽しいことなんてないんだ」なんて教えられてきた。そう思うことによって挫折した時のショックはやわらげられるから。今はこの言葉の裏に隠されている深い意味を感じることができる。でも、まだ子供だった私はそんなものに気づくことなく、「そんなものなんだ」って変にさめて納得してしまった。そして、なんだか斜に構えて生きてきた。
 本当はそんなものじゃない。つらいことは確かにたくさんあるけれどいいことだってある。つらいつらいとそればかり思っているうちは周りに転がっているいいことに気づけない。つらさを乗り越えられた時、大切なものに気づくことができる。大きな壁を乗り越えるためには犠牲にしなければならないものもある。つい易きに流れて楽しさを求めがちだけれど、そうしていてはいけない時もある。それを乗り越えられた時に手に入れたかったものに手が届く。素直に、もっと素直にこの言葉を受け入れていたら私ももう少し生きやすかったのかもしれない。

 今日負けた選手は何を思うんだろう。悔しさはもちろんあるだろうけど、そこまで行った満足感もあるだろう。自分の中に湧き出る思いを昇華させて、また新たな目標をたてて、そして次に進むんだろうか。
 自分の中で納得できる答えを見つけ出せるといいね。でも、きっとできるよ。なんたって、彼らは今まで精一杯努力してきたんだろうし、そのことに納得できていると思うから。
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夕立 / 2003-08-22 (Fri)

最近午後からくもることが多い。
朝起きた時はかんかん照りで日差しがとても強いのに
お昼を過ぎた頃から急に暗くなって
空を見上げると真っ白の大きな雲がむくむくと出てきているのに気づく。
時にはこれが雷雲だったりして大音響とともに大雨が降りだすこともある。
鳴いている虫の声も朝はセミだけなのが午後からは違う声も聞こえてくる。
今年の夏は雨が多くて、つい最近まで梅雨みたいだったけれど、着実に秋は近づいてきている。

私の田舎は山と川のそばにあってこの季節よく夕立が降る。
急に真っ暗になったかと思うと激しく雨が降りだして、だけどそれは30分もたてばやむ。
それまでは暑いのに、その後は涼しい風が家の中に入ってきて扇風機なんて要らなくなる。
暑がりの祖母はこの夕立をいつも心待ちにしていた。

今ではもう少なくなってきているのかもしれないけれど
私の家は典型的な日本式家屋で、全ての部屋は障子と襖で仕切られている。
もう築90年近くたっていて、あまり構造に手を入れていないからサッシというものがないに等しい。
だから密室になる部屋がほとんどない。
それで、今ではどの家庭にもほとんど標準装備のようになっているエアコンをつけていない。
クーラーで制御された涼しい環境を得ることができないというのは
不便なようにも感じるかもしれないけれど、実はそうでもない。
確かに湿度の低いカラッとした環境にはどうしたってならない。
でも障子と襖を全開にして、家の中に風を送ってやるとこれが結構涼しかったりする。
2階部分をぶち抜いて屋根まで見えるようになっている土間の天井はかなり高く
夕立の後にそこにおいてある台に座っていると
心地よい風が通り抜けていくのを感じることができる。
夕立になるとあの頃のことを思い出す。

田舎を離れてもう何年にもなるけれど
四季折々にあそこで暮らした日常の些細なことをふっと思い出す。
今、またあの頃と同じような生活をしたいかと聞かれれば答えはノー。
でも、いい思い出として心の中にたくさん息づいている。
そして、以前に比べて格段に便利な生活をしている中にも
昔ながらのものを取り入れていたりする。
やっぱり私のルーツはなんだかんだいってもあそこにあるんだってことを感じる。
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