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夕焼けのオレンジと空の青さと / 2007-01-29 (Mon)

【引用始まり】 --- 【引用終わり】 ---
駅に着いたら電車がちょうど出た後だった。 走れば間に合ったかもしれないけれど 仕事で疲れていたから、今日はそこまでしなかった。 高架の駅のホームから見える西の山は 沈んだ太陽の光を受けて黒く浮かび上がっていた。 薄水色の空が段々と深い青へと変化していく。 この空の青い色がすきだったりする。
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空のこと | コメント : 0 | トラックバック : 0

久しぶりに写真を撮った。 / 2007-01-28 (Sun)

【引用始まり】 --- 【引用終わり】 ---
久しぶりに夕焼けを見に行った。 そうしたら池の水が減っていて、底が少し見えていた。 昔、通学途中にあったため池は、すり鉢状の深いものでかなり危険だったから てっきりこの池もそうなんだとばかり思っていたら 案外そうでもなくて意外だった。 でも、だからなのかもしれない、最近近くの小川で水鳥が泳いでいるのは。 夕焼けを見に行ったのも久しぶりだけれど、写真を撮ったのも久しぶり。 年末にしっかりと充電したのにそのまま放置していたら すっかり電池が減って、後残り少ないサインが出ていた。 忙しくしていると、どうしても撮りたいと思える物に出会う機会が減ってしまって すっかりカメラさえも持ち歩かない日々が続いていた。 冬の夕空はしみじみと暮れていくイメージがあるけれど 案外そうでもなくて、紅く紅く染まる日もあるということを久しぶりに思い出した。 そう、太陽の沈む位置が動くことで、家からはきれいに見えないんだった。 [:hide:] そんなことを以前に書いた気がして「夕」で検索してみたら 「夕刊」なんていうのも中にはあったけれど、トータル145件の記事を書いていた。 結構書いているもんだね。
空のこと | コメント : 2 | トラックバック : 0

兆し / 2007-01-28 (Sun)

年越しの時はえらくたいそうだったのに 今はもう普段通り、もうすぐ次の月になる ただそれだけのことでしかない。 寒さは実はこれからが本番だったりするのだけれど でも、それが過ぎたら暖かくなるって思うと もうすぐそこまで春が来ている感じがして少しうれしくなるし そう思って寒さに耐えることができる。 朝日を浴びてキラキラしていた椿の葉は若葉色。 まだまだ柔らかで頼りない。 雪柳の枝にも小さな葉が生え始めている。 沈丁花のつぼみはもう色づいて後は開くのを待つだけの状態。 寒い中で、次の季節への準備を着々と進めている草木を眺めながら 暖かい春に思いを馳せている。
自然や季節のこと | コメント : 0 | トラックバック : 0

自分へのこだわり / 2007-01-27 (Sat)

暖冬と言われているけれど、それでも朝の空気は刺すように冷たい。 時々、鼻の奥がツンと痛くなって涙が出てきたりして やっぱり冬なんだ、ってことを、改めて確信する。 そんな空気を頬にチクチク感じながら見上げた空は澄み渡っていて清々しかった。 1人で歩く時は歌を歌っていることが多い。 歌はその時々の気分でいろいろだけれど、悲しい歌より自分を鼓舞するものが多い気がする。 今朝、歩きな口ずさんでいたのは渡辺美里さんの「My Revolution」。 軽快なリズムが今朝の気分にピッタリで、気分よく歌っていたら、あるフレーズがこころを捉えた。 今までに何度も口ずさんできた歌だから きっとその度毎にその歌詞の意味をかみしめてきたはずだけれど 今朝は歌いながらとても新鮮な気持ちになったから 1曲終った後に続けてもう一度、歌い慣れたその歌詞をたどってみた。 落ち込んだ時、悩んだ時、大抵人に聞いてもらって気を紛らわせている。 特に助言は求めない。 同情してもらおうと思っている訳でもないのだけれど ただ、聞いてもらうだけでとりあえずちょっとだけすっきりする。 アドバイスをもらっても、その時はどうもできない。 それだけの力があればたぶん落ち込んでなどいない。 悩みの底の底でしばらく漂って、浮上できる勇気と力が湧いた時 初めてそのアドバイスについて考えることのできる態勢が整う。 悩みが深ければ深い程、そのアドバイスについて考える機会は遠のく。 大学時代の友人にはわが道をしっかりと自分の足で歩いている人が多い。 それは別に仕事を持ってどうこうというのではなくて 自分を信じて攻めの姿勢を忘れない、という意味。 かつては私もそうだったけれど それは今から思えばそうなりたくてそうしていたに過ぎなくて 結局、足場のゆるいそれは、いつしかもろく崩れ去ってしまった。 そんな友人達の中に、悩みを打ち明けると必ず的確な助言をくれる人がいた。 就職活動で悩んでいた4回生の時、彼女は私に向いていそうな分野を提示した。 それは私の知らない分野だったのだけれど、調べてみると興味深くて 受けに行ったらすんなり採用が決まった。 結果的に、その仕事は私にかなり向いていて その時のスキルはつぶしは利かないけれど今でも役に立っている。 そして、その仕事を辞めた時も、雑談程度の話の中で、お薦めの仕事をいくつか挙げてくれていた。 その時は別に特にどうこうしようと思わなかったのだけれど 最近、その分野もやってみたら面白いかもしれないと思えるようになってきた。 ある意味、負のスパイラルからすっかり抜け出て やっと本来の自分というものを持てるようになったということかもしれない。 確かに、ここしばらくずっと自分をかわいがってきた。 できるだけ深みにはまらないように。 底の底まで落ちないように。 一旦浮上しないことには負のエネルギーにどんどん底へと引きずっていかれそうで とりあえず、浮上することだけに力を注いだ。 今もマイナス思考に変わりはないけれど、多少そうなっても問題ない程にはなってきた。 今ならできるかもしれない、そんな気がして、前から気になっていた彼女の言葉に従うことにした。 もちろん、言われたからじゃなくて、その分野が私にとって意味のあるものだと思えたから。 といっても、だからすぐにどうなる、というものでもなくて 来るべき時のために、準備をしておこうと思っただけなのだけれど。 「きっと本当の悲しみなんて 自分ひとりで癒すものさ」。 悲しみだけに限らず、結局は自分ひとりだと思っている。 本当に支えてくれる人はこの世の中いるのかもしれないけれど 私の場合、支えてもらうクセがついてしまうと毎回頼ってしまいそうだし 深みにはまった時というのは、誰かのお陰で浮上できるというものでもないので ある意味それにつきあわせては悪いとも思うし その気持ちに応えないといけないという変なプレッシャーもかかって 自然に浮上するという形をとれない、というのもあるから こんなところでもマイペースを貫いている。 人よりかなり遅いけれど、でも、浮上した時、身につけた力はかなりなものだと思う。 だからかもしれない、こんなにも自分に対して頑固なのは。 でも、それがたとえよくなくたって、もうしばらくは自分にこだわってみたい。
思うこと | コメント : 0 | トラックバック : 0

A thousand winds / 2007-01-17 (Wed)

千の風になって~スーザン・オズボーン名曲集の画像 千の風になって~スーザン・オズボーン名曲集 スーザン・オズボーン 以前、レコード店であるCDを視聴したことがある。 その歌は語りかけるように私のこころの中に入ってきて 瞬きをしたら涙がこぼれてしまいそうになって あわてて上を向いたのを覚えている。 リズム的に気になるところがあって、買うには至らなかったのだけれど その歌詞の衝撃が大きかったから 家に帰ってからインターネットでいろいろと調べてみたところ 元は作者不明の英語の詩であることがわかった。 あれから数年、その歌は紅白でテノール歌手の秋川雅史さんによって歌われて 全国的に広く知れ渡り、今ではオリコンで1位をとるほどになった。 やはり紅白の力恐るべし。 何度聞いてもやっぱり気になるところはあるのだけれど それでもこころに沁みるいい歌ではあると思う。 [:hide:] そう、亡くなったからといって必ずしもお墓にジッとしている訳ではないんだよね。 思いのままに飛び回って、今、あなたは私のそばにいるかもしれない。 死んだら私も千の風になるだろう。 それは自然に還るだけのこと。 風になって自由に空を飛びまわるんだ、きっとね。 ずっとこれをどう扱おうかと思ってとっておいた英語の詩。 訳ではなく直接その思いを感じてみてください。 A thousand winds       Do not stand at my grave and weep, I am not there, I do not sleep. I am a thousand winds that blow. I am the diamond glints on snow. I am the sunlight on ripened grain. I am the gentle autumn’s rain. When you awaken in the morning’s hush, I am the swift uplifting rush of quiet birds in circled flight. I am the soft stars that shine at night. Do not stand at my grave and cry, I am not there, I did not die. (Author Unknown)
思うこと | コメント : 0 | トラックバック : 0

真夜中のコーヒー / 2007-01-14 (Sun)

ふとコーヒーが飲みたくなった。 ちょうど景品でもらったドリップ式のコーヒーがある。 そのまま飲めないからいつもはミルクたっぷりのカフェオレだけど 今日はコンデンスミルクをカップに入れて その上からコーヒーを落としていくベトナムコーヒーにしてみた。 学生時代、友人の部屋にお邪魔すると必ずコーヒーを淹れてくれた。 インスタントコーヒーは苦手だったけれど 彼女が淹れてくれたレギュラーコーヒーは苦いけれど深みのある味で 初めて少しおいしいと思えた。 あの味が懐かしくて、久しぶりに飲んでみたい、そんな気分になったのだった。 フィルターの中にコーヒーの粉を入れて少しだけお湯をかけてしばらく蒸す。 その後はお湯を適量入れて下にコーヒーが落ちるのを待つ。 炒ったコーヒー豆の香りが漂ってくる。 匂いだけで胃が荒れるような感じになることが多いけれど、この程度ならまだ大丈夫。 カップになみなみと入ったコーヒーは コンデンスミルクを結構入れたにも拘らず、十分に苦さを残していた。 それでもとんがった感じはなくて、まろやかな苦さ。 暖かいカップを両手で包んで、少しずつ少しずつ、その苦さを味わった。 コーヒーを夜に飲むとカフェインのせいで眠れなくなるらしい。 だから、眠気覚ましにはコーヒーがいい。 そんなことは全く考えずに真夜中に飲んだコーヒー。 でも、眠れなかったのはカフェインのせいじゃなく コーヒーが私の胃には強すぎたから。
食のこと | コメント : 2 | トラックバック : 0

焦り / 2007-01-13 (Sat)

確かにここに置いたのに わざわざそこに置いたのに なぜだかそこに見つからない。 それがないと作業ができない。 同じところを何回も。 書類を一枚一枚めくりながら 行方不明のCD−ROMを捜す。 イライラ、イライラ。 イライラ、イライラ。 何度かそれを繰り返していたら やっとそれはみつかった。 するりとそこからすべり落ちて 横の隙間に挟まっていた。 でも、こんなに必死に探したのに ファイルを開くことができなくて 結局一から作ることに。 なんだったんだろうねぇ、あの時間は。
よしなしごと | コメント : 0 | トラックバック : 0

手あれの季節 / 2007-01-07 (Sun)

しょっちゅう手を洗うからか、ゴム手袋もせずに洗い物をするからか 私の手はいつもカサカサ。 この冬は暖かいのでストーブをつけることはそうそうないけれど 水を使った後で、冷たくなった手を温めようとストーブにあたったりするとてきめんでひび割れてくる。 お湯で洗い物をしてもあれるから、余程のことがない限り水を使うようにしている。 この間、結構限界にきたから久しぶりに薬用ヴァセリンを寝る前にぬったら 次の日にはすっかりよくなった。 ぬった後にぬるぬるしないし効き目がいいので昔からハンドクリームといったらこれ。 指先の爪の角の辺りがひび割れることもあるけれど、大抵はそれ程ひどくはならずに数日で治る。 治らない時はオロナインをぬりこむと、これも次の日にはかなり改善される。 そういえば、ひび割れ専用のクリームなんていう物があるらしい。 この頃の医薬品は痒いところに手が届くような商品がいろいろで そうそう、そういうの欲しかったんだよね、って思うことがよくある。 この商品もその中のひとつ。 昔から塗り薬っていうのはどうもべたつくから限界にならないと使わないんだけれど 効き目や使い心地にはちょっと興味がある。 それは、毎年この時期、あかぎれで苦労していた祖母の手がとても記憶に残っているから。 あかぎれとはひび割れた状態のこと。 最近そんな手をした人を見ないから、そんな言葉を聞くこともないのだけれど もしかして、関西限定なんだろうか? ついでに言えば、しもやけという言葉も最近聞かない。 子供の頃、ぬれた手をしっかり拭かないとなったことから 今でも手を拭く時は1本1本の指を拭く。 美しい仕草ではないけれど、昔はそうしないとしもやけになったから そのクセが未だに抜けない。 私の田舎は山に囲まれた寒い地域だから、冬場の水はかなり冷たい。 台所の流しは家の中にあるけれど、顔を洗ったり野菜を洗ったりもちろん洗濯する場所は家の外。 今では当たり前のようになっている蛇口をひねればお湯が出るなんて設備はなかったから (そして、今もないのだけれど) 子供の頃、あまりに寒い時は沸かしたお湯をたらいに入れてもらって顔を洗ったりしていた。 そんな状況で水仕事をするからか、祖母や母の手にはあかぎれがいっぱいだった。 特に祖母は年齢のせいもあるかもしれないけれど、それはそれはすごかった。 指の関節のところ、ちょうどしわに沿ってあかぎれはぱかっと割れる。 小さければ今の私のように放置しておいても問題ないけれど あのあかぎれはまるで切ったかのように大きなもので そのひとつひとつに絆創膏をぎゅっと巻いていたから、手は絆創膏だらけ。 お風呂上りに剥がれてきた絆創膏を取り替えるのが祖母の日課だった。 はっておけば数日で治るというものでもなく、治ってもまた次どこかがひび割れる。 そんな状態が冬の間延々続く。 ひび割れ専用のいいお薬があの当時にもあったなら 祖母の冬ももう少し過ごしやすかったかもしれない。
よしなしごと | コメント : 0 | トラックバック : 0

のだめ三昧 / 2007-01-03 (Wed)

のだめカンタービレ #16 (16)の画像 のだめカンタービレ #16 (16) 二ノ宮 知子 お正月、特に何とあった訳でもないのだけれど そういえば、ずっと本を読んでいた。 この間までドラマで放送されていた『のだめカンタービレ』。 本来コメディーってすきではないけれど このドラマは登場人物がとても魅力的で毎回欠かさずに見ていた。 その原作なら、これはもう読むしかないでしょう、ということで全16冊。 こんなに一気に漫画の本を読んだのは久しぶり。 でも、まだまだ続きそうな気配。 次の巻早く出ないかなぁ。 だけど、いいと言いながらも、それはどこ?と聞かれると実は困ってしまう。 感覚的なものだからうまく説明ができない。 とりあえず、みんなさりげなくいい人達で、読んでいて安心感がある。 個人的には峰くんや黒木くんに真澄ちゃん、そうそう、ハリセンもすきだったりして。 それから、本だと音がないんだけれど、それでも、なんとなくわかるコラボの楽しさ。 アカペラでぴたっとあった時の心地よさ、ピアノの連弾の時に感じた高揚感 そういう音楽の楽しさを久々に思い出した。 のだめ効果で今クラシックが人気らしいのだけれど だからといって、クラシックファンになる程ではないかもしれない。 もっとも、クラシックの中にもいろいろジャンルがある訳だから 合う曲合わない曲があって当然かもしれないのだけれど。 年末年始のオーケストラものにはとりあえずあまり興味がなかった。 でも、第9は一緒に歌ってたな…。
よしなしごと | コメント : 0 | トラックバック : 0

新しい年のはじまり / 2007-01-01 (Mon)

【引用始まり】 --- 【引用終わり】 ---
昔から手帳にはあまり書き込まない。 毎週当然のようにある予定は覚えているから書かない。 書いておかないと忘れることだけ書いておく。 私にとって手帳はスケジュール帳兼備忘録。 社会人になってからずっと使っているのが 見開きで1週間のスケジュールがわかるもの。 後にはメモだけのページが付いている。 アドレス帳は別冊で。 かわいさのかけらもないけれど、使いやすさ重視。 まっさらの手帳に予定を書く時、新しい始まりを意識する。 去年は後半忙しくなって、撮った写真をアップロードする間もなくて そうこうしているうちに、どんな気持ちでその写真を撮ったのかがわからなくなって こちらに載せなかった写真がいくつかあった。 日々それなりに考えることはあるのだけれど、文章にするにはちょっと表現が難しかったりして いろいろ考えているうちに書きたい思いが薄れて途中でやめた記事もいくつかあった。 当たり障りのない今日の日記なら書けなくもないと思うけれど でも、毎日そればかり、というのはこの場所では避けたい。 ということで、今年もしばらくこんな感じののんびり更新です。 よろしければまたお付き合い下さい。
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